大阪高等裁判所 昭和29年(う)1932号 判決
弁護人は、原判決は判示第一事実において被告人が福井磯太郎所有の現金を窃取した旨認定したけれども、福井は被告人の姉の夫であり且つ被告人は福井と同居中である。従つて本件の刑は免除せらるべきであると主張する。
しかし、原判決挙示の証拠によると被告人に昭和二十九年四月頃から姉の夫福井磯太郎方を家出しており、本件犯行はたまたま窃盗の目的で同家を訪れ一泊した翌同年六月二十八日に行われたものであることが認められる。従つて、福井は被告人と同居の親族とはいえない。
ところで、原判決確定の判示第一事実によると被告人は同居の親族でない福井磯太郎(被告人の姉の夫)所有の現金を窃取したものであるから、本件は刑法第二百四十四条第一項後段の親告罪である。よつて、適法な告訴があつたかどうかについて職権をもつて調査するに、本件記録によると本件の告訴としては被害者福井磯太郎の妻福井きみゑを告訴人とした昭和二十九年七月二十三日付告訴調書があるけれども、同調書によると同女は「私の実弟が私の主人の所有金を盗んだことについて告訴する」と述べ、且つ被害の状況を供述し、「以上の被害を蒙りましたことについて厳重な御処分を御願いします」と記載されているが、夫たる福井磯太郎の代理人として告訴する趣旨であること、いいかえると夫の意思を受けて行為していることが明白でない。故にこれをもつて夫の適法な告訴と解することはできない。もつとも次いで同日付司法巡査に対する被害者福井磯太郎の供述調書が作成されているのであるが、同調書によると同人は冒頭において盗難被害を蒙りましたことにつきお尋ねを蒙り左記にその当時の状況を詳しく申しあげる旨述べ、末尾において「何とか御処分をお願い致します」旨を供述したことが記載されている。しかし右供述調書は主として犯罪の状況を調査するために作成せられたものであることは該調書を一見すれば判る。かかる調書の末尾に何分の処分を願うとの記載があつても、それが告訴権の行使としてなされた意思表示とは必ずしも解せられない。(殊に、右調書の作成者は司法巡査であるから告訴を受理する権限を有しないのである。)従つて、これをもつて無権代理行為の追認と解する訳にも行かない。また本件において、もし検察官が福井磯太郎の供述調書の右記載をもつて告訴の意思表示と解するならば、同人の妻名義の前記告訴調書を提出するいわれがない。また、同年七月二十八日付検察官に対する福井きみゑの供述調書によつても同女が告訴するに至つた理由、すなわち夫と弟の間にはさまつて苦しんでいる事情が明らかにされているにすぎない。従つて、福井磯太郎の妻福井きみゑの右告訴は本件の適法な告訴とはいえない。結局本件は親告罪であるのに告訴がないということになるので原判決はこの点において破棄を免れない。しかし当審で直ちに判決できるものと認め、量刑不当の主張についても同時に判断することとし刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書を適用して次の通り判決する。
(中略)
第二(公訴棄却)
被告人は昭和二十九年六月二十八日別居の親族の間柄である神戸市兵庫区神田町一四七番地福井磯太郎方で同人所有の現金九千円を窃取したものであるという原判決判示第一に当る公訴事実については、適法な告訴があつたと認められないので刑事訴訟法第三百三十八条第四号に従つて主文第三項の通り判決する。
(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 松本圭三 判事 網田覚一)